第1回 賃金制度は必要か
ケアリポ会員の皆様、こんにちは。今月からこの欄を担当する、リザルト株式会社の神田靖美と申します。ページにアクセスしてくださり、どうもありがとうございます。今回から毎月1回(初月だけは2回)、賃金制度の作り方についてお話しします。連載のタイトルにあるとおり、基礎からお話ししますので、どうぞ最後までお付き合いください。
私は人材活用のコンサルティングを事業にする、リザルト株式会社を経営しています。もともとは賃金制度専門のコンサルティング会社に勤めておりました。しかし45歳のときに一念発起して退職し、もちろん通常の入学試験を受けて、大学院のMBAコースに入学しました。そこで人材活用について改めて勉強し直しました。卒業後に会社を設立して、賃金にかかわらず広く人材活用一般のコンサルティングをしています。
コンサルティング活動の傍ら、ケアリポ様を始めいろいろなメディアに出稿しています。賃金以外にも「働かないおじさん」問題や「名ばかり管理職」問題、定額残業問題などについても発言しています。ほとんどインターネット上で配信されておりますので、そちらもご一読いただけたら幸いです。
■『どうやってやる?』より『なぜやる?』の方が重要
人材活用について、経営者が一番先に知っておくべきことは何かと問われたら、私は迷わずフェファーモデルだと答えます。これが何であるかは後で述べるとして、フェファーとは、スタンフォード大学ビジネススクールの教授で、組織行動学の大御所と呼ばれるジェフリー・フェファーのことです。
フェファーと、やはりスタンフォード大学教授であるロバート・サットンは、「『どうやって?』よりまず『なぜ?』」と教えています(『なぜ、わかっていても実行できないのか』、2014年、日本経済出版社)。あることのやり方を覚えようとするときは、どのようにそれをやるのかではなく、なぜそれをやるのかを先に学ぶべきだということです。
賃金についても、大御所の教えは当てはまります。単に賃金制度の作り方だけなら、1,500字もあれば説明することができます。しかし作り方の裏にある論理まで踏み込まなければ、実際の場面で使える賃金制度は作れません。他社の賃金規程をコピーしてそのまま使っている企業で、運用がうまく行っているところがない事実を見ても、このことは明らかです。
このような理由により、本連載の最初の三回は、連載タイトルにもあるとおり、賃金制度の基礎知識についてお話しします。
■賃金制度は必要か
そもそも企業にとって賃金制度は必要でしょうか。零細企業には賃金制度がないところもたくさんあります。率直に言って、かなりメチャクチャなことをしていると感じることもしばしばあります。それでも立派に会社は成り立っています。
しかし賃金制度がない企業は少数派です。厚生労働省の『賃金引き上げの実態に関する調査』(2022年)によると、日本企業の72.4%に、一般職(管理職ではない人)について、定期昇給制度があります。定期昇給制度があるということをもって賃金制度があることと解釈することに、大きな過ちはないはずです。
また経団連や連合は毎年、賃上げの実施状況を集計しています。このことから考えても経団連会員企業や連合加盟の労働組合には、おそらくすべてに賃金制度があると思われます。
労働経済学者である樋口美雄・慶応義塾大学教授は、賃金制度は次の2つの条件を満たしていなければならないと言っています。すなわち優秀な人を引き付け、優秀でない人を排除する仕組みを持っているということと、企業が欲する目的に向かって、社員が努力しようとするインセンティブを高める仕組みを持っているということです(『人事経済学』2001年、生産性出版)。
この二つこそが、企業が賃金制度を必要とする理由です。どれほどきれいごとを言おうとも、企業には必要な社員と必要でない社員がいます。必要な人には辞められないように十分な賃金を払います。必要でない人には辞められても良いような賃金しか支払いません。しかし、いちいち「この人には〇〇円の値打ちがある。この人には○○円の値打ちしかない。」と値踏みすることは煩雑なので、自ずとふるい分けが実現されるような賃金制度を作ります。
インセンティブとは努力する理由のことです。「誘因」とも言います。企業は自社の目標達成を手伝ってもらうために人を雇っています。目標達成に向けて大きな貢献をすることが、働く人本人にとっても意義を持つように、賃金制度を作ります。
■人材活用の成功法則
既に述べたとおり、私は、人材活用でもっとも重要な知識はフェファーモデルであると考えています。
フェファーモデルとは経営学者ジェフリー・フェファーが、継続的に成功を収めている企業の人材活用を調査した結果到達した理論であり、あらゆる国・規模・業種の企業に共通する成功法則であると言われています。「ベストプラクティスモデル」とも呼ばれます。
内容は次のとおりです(ジェフリー・フェファー『人材を生かす企業』、1998年、トッパン)。
1. 高い雇用保
不景気や戦略ミスなど、従業員の力が及ばないことを理由にはレイオフをしない。ただし仕事ができない従業員まで雇用しておくことはしない。
2. 厳選する採用
大きな母集団から採用する。必要な技能や適性を明確にして採用する。採用後に担当させる仕事を明確にしたうえで採用する。ただ優秀な人材だというだけの理由では採用しない。
3. 自己管理チームと権限の委譲
管理者が管理するのではなく、チームに自己管理させる。チームは余計な管理階層を削減させる。お互いにアイディアを持ち寄って問題を解決する。
4. 高い賃金
「従業員はわが社の最も貴重な資産だ」というならば、それに応じた賃金を支払わなければならない。
5. 幅広い社員教育
エリートだけでなくノンエリートにも教育訓練を行う。
6. 待遇の平等化
言葉遣いやオフィス空間、衣服などで差別を行わない。
7. 業績情報の共有
売上や経費に関する情報をガラス張りにする。隠ぺいすることは、従業員を信頼していないというメッセージになる。知らされなければ、従業員は業績の重要さに気づかない。
ただしフェファーモデルは一部だけ取り入れても効果がなく、すべて取り入れなければ効果がないことが明らかになっています。たしかに他がどれだけすばらしくとも、たとえば雇用保障が低くては成功できるはずがありません。杜撰な採用をしていて成功できるはずがありません。
すべてやるということは困難な道のりですが、困難であるからこそ追求する価値があります。簡単なことは誰でもできるので、やっても優位に立てません。
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神田 靖美 氏
リザルト株式会社 代表取締役
人事制度のコンサルティング会社・リザルト株式会社代表。介護事業所を始め中小企業の人事制度づくりに従事。現在、『高齢者住宅新聞』に『今こそ知りたい介護分野の賃金・評価制度』などを連載中。上智大学経済学部卒業。早稲田大学大学院商学研究科MBAコース修了。