第2回 企業の業績を向上させるために、賃金でできること

2024.06.17
神田靖美の基礎から解説!賃金制度

 冒頭から私事で恐縮ですが、私は30代の半ばから40代の半ばにかけて、賃金制度専門のコンサルティング会社に勤めました。その当時、不謹慎なことに、賃金制度を作ったくらいでほんとうに会社が良くなるのだろうかと、ひそかに疑念を抱いていました。しかし今は確信しています。企業業績を向上させるために、賃金でできることはたしかにあります。

■高賃金は社員のためならず

 「ブラック企業」と呼ばれる企業があります。その人事戦略は、とにかく人を「長く(長時間)」「安く」使うことだと言われています。基本給が低いうえに長時間のサービス残業をさせるのですから、賃金は二重の意味で低くなります。このような戦略をとって一時は成功を収め、マスコミの寵児になる経営者もいました。

 しかし、低い賃金を競争力の源泉にすることは戦略的に誤りです。賃金は業界の相場より高いものを払った方が、働く人はもちろん企業にとっても有利であり、高い買い物にはならないと言われています。ブラック企業が一時的とはいえ繁栄を極めたのは、世界金融危機直後の、極端な不況のあだ花にすぎません。

 世間相場より高い賃金を払うことは、①労働者が、解雇されて他の会社に就職したら賃金が大幅に下がってしまうので、それを恐れて誠実に働く、②労働者がその賃金を「もらって当たり前」とは考えず、会社側からの温情を感じて恩返ししようとする、③離職率が下がり、採用や教育訓練にかかる経費が削減される、④人材を募集したときに多くの候補者が集まり、その中から選ぶことができるなどの効果により、企業の業績を向上させると言われています。

 高い賃金を払う方が有利であることの、一つの証拠がアメリカ社会です。アメリカは世界でも特異な、解雇規制が緩い国です。「随意雇用」といって、会社は労働者をいつでも、理由を示すことなく、解雇予告手当を支払うこともなく解雇することができます。日本人の感覚からすればクレイジーな話です。

 解雇するのが容易であれば、賃金を下げることはさらに容易なはずです。「解雇が良いか賃金カットが良いか、好きな方を選べ」と迫られたら、働く人の多くは賃金カットを選ぶに決まっているからです。

 しかし経営者は絶対に賃金カットをしないと言われています。ライバル企業より低い賃金で人を働かせて、得をすることは何一つないと考えているからです。

 もちろん、高いといっても限度があります。極端に高い賃金を払っていては採算が取れません。最適なのは「もうこれ以上賃金を上げても見返りは求められない」というピークのところで賃金を決めることです。どこがピークなのかは感覚で判断するしかありません。そのようなところで決まる賃金は、企業にとって効率が良いという意味で「効率性賃金」といいます。

 「情けは人の為ならず」ではありませんが、「高賃金は社員のためならず」です。

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神田靖美

神田 靖美 氏

リザルト株式会社 代表取締役

人事制度のコンサルティング会社・リザルト株式会社代表。介護事業所を始め中小企業の人事制度づくりに従事。現在、『高齢者住宅新聞』に『今こそ知りたい介護分野の賃金・評価制度』などを連載中。上智大学経済学部卒業。早稲田大学大学院商学研究科MBAコース修了。

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