第8回 賞与
1. 賞与はなぜあるのかはっきりしない
前回のこのコラムで、手当は日本型賃金の特徴だと述べました。今回のテーマである賞与もまた、日本型賃金の特徴です。厚生労働省の『令和5年賃金構造基本統計調査』によると、日本の企業(従業員10人以上の企業)は平均、年間で、所定内賃金(超過勤務手当を含まない賃金)の2.9か月分の賞与を支給しています。
苦難に耐えて働いた対価のこれほど多くの部分が、労働契約上は支給しなくても違反にならない、任意で支給するものという状態に置かれていることは、考えてみれば奇妙な話です。
なぜ日本の企業だけが賞与を支給するのでしょうか。一番ありそうな理由は「人件費の調整弁」ということです。年間でこのくらい払いたいという金額をすべて基本給にしてしまったら、会社の業績が不振のとき、働く人の一部を解雇しなければなりません。そうしなくても良いように、人件費のうち一定の部分を、いざというときに減らせる部分として留保しているという考え方です。
しかし専門的な研究の多くはこの考え方を否定しています。賞与はそれほど企業業績と相関(一方の値が大きくなれば、もう一方の値も大きくなる傾向)が強くなく、むしろ企業業績と相関が強いのは賃上げ率だと考えられています。図1は最近20年間の、賞与と経常利益を対比したものです。たしかに両者はほぼ無相関です。
図1:賞与と企業業績の推移
資料
- 賞与は厚生労働省『毎月勤労統計調査』、事業所規模30人以上、調査産業計の値。
- 法人企業経常利益は財務省『法人企業統計年報』、全規模、金融業、保険業以外の業種の値。
賞与を支給する理由として次にありそうなのは、インセンティブとしての効果です。スポーツ選手の年俸がそうであるように、好成績の人にはたくさん支給し、成績不振の人にはわずかしか支給しないことによって、さぼりを防ぎ、やる気を持たせているという考え方です。
この説にもやはり、専門家は否定的です。たとえば大湾秀雄と須田敏子は、自分の努力が会社全体の利益に与える影響は、よほど要職にある人でない限り分かりにくいことと、成績評価が形骸化している企業が多数あることを理由に、賞与にはインセンティブ効果が期待しにくいと述べています(『なぜ退職金や賞与制度はあるのか』、『日本労働研究雑誌』2009年4月号所収)。
読者の皆様も、日常の仕事でうまくいったときに「やった!これで次の賞与が増えるぞ」だとか、しっぱいしたときに「しまった!これで次の賞与が減ってしまう」とかいうことは、あまり意識しないのではないでしょうか。
大湾秀雄と須田敏子は賞与について、「議論の余地のないほど有力な経済合理性が見出せない」と述べています。
神田 靖美 氏
リザルト株式会社 代表取締役
人事制度のコンサルティング会社・リザルト株式会社代表。介護事業所を始め中小企業の人事制度づくりに従事。現在、『高齢者住宅新聞』に『今こそ知りたい介護分野の賃金・評価制度』などを連載中。上智大学経済学部卒業。早稲田大学大学院商学研究科MBAコース修了。