基礎編1 コミュニケーションってそもそも何?
介護現場とわたし
はじめまして。私は、老健の介護現場(認知症フロア)で働く現役介護福祉士、尾渡順子と申します。介護職以外にも大学や看護専門学校、養成校等で非常勤講師や介護職員向けの研修講師もおこなっています。介護現場に携わりもう20年以上になりますが、介護現場でご利用者とコミュニケーションを取る上で今でも時々「あの言葉かけで良かったのか」「傷つけてしまったのではないか」と悩む日も多く、認知症のご利用者の繰り返し質問にストレスを感じ冷たい態度を取ってしまった事もありました。そんな中でも毎日、逞しく生きるご利用者と、おしゃべりを楽しみ大笑いをしたり一緒に何かを作り達成感を得て、あるいは散歩で一緒に自然に触れて感動をすることなどを繰り返し、介護職の仕事の素晴らしさを実感する日々を送っています。今コラムから10回に分けて、介護技術としてのコミュニケーションについて私が学校で教えてきた事、机上だけではなく実際に現場で培ってきた経験、知識をみなさんにお伝えしたいと思います。少しでもご利用者の笑顔を引き出せるようお手伝いできれば嬉しいです。宜しくお願いしますね。
コミュニケーションってそもそも何?
私たちが働く介護現場で使う「コミュニケーション」という言葉、一体どういう意味で使っているのでしょう。
新入職員が入り先輩が「まず、利用者さんとコミュニケーションを取ってね」と言った場合、このコミュニケーションとは、いろいろな価値観や背景を持つご利用者1人1人と対話をすることでその「人」を知ること、その上でお互いを知り人間関係を築くこと、という意味で使っています。また帰宅願望のあるご利用者にいつ帰るか聞かれた時に「今日」と答えた職員と「明日」と答えた職員がいたとします。ご利用者は混乱しますよね。そんな時「私たちのコミュニケーション不足でご利用者を不穏にしてしまった」なんて言いますが、これは「職員間の情報の共有」が為されていなかったということです。また「Aさんはコミュニケーション能力低いよね」なんて人の評価をする場合「言葉が少なく意思疎通がはかれない」ように受け取れます。
いずれにしても、コミュニケーションとは簡単に言うと、2人以上の人がいて、自分と自分以外の誰かが「何か」を共有すること、意思や思考、感情などを伝えあうことという意味で使われているようです。
言語コミュニケーション、非言語コミュニケーションで好印象を
コミュニケーションには大まかに言うと次のような種類があります。
【言語コミュニケーション】
話し言葉(あいさつや会話)書き言葉
【非言語コミュニケーション】
ボディランゲージ(ジェスチャー)見た目(服装や身だしなみ)、表情、仕草、態度、声の大小、トーン
コミュニケーションを良好にするためには相手に好印象を与えることが必要です。
皆さんは、相手に好印象を与えるために心がけていることがありますか?
相手に好印象を与えるために一番大事なのは笑顔を見せることです。笑顔は好印象の大原則です。そして挨拶も忘れてはいけません。毎朝「おはようございます。」と気持ちの良い挨拶が出来ていますか?「ありがとうございます。」とお礼を言うことが出来ますか?そして何かを聞かれた時に真摯な態度ではきはきとした返事が出来ますか?
笑顔(非言語)挨拶(言語)真摯に向き合う姿勢(態度)は、相手に好印象を与える最大の武器です。
そして、実は非言語コミュニケーションは時に、言語コミュニケーションよりも強く相手にメッセージを送る場合があります。
例えば汚れた服を着てご利用者の家に訪問をすると相手は「うちが汚れているからあんなかっこうしてくるのかしら」と勘繰るかもしれません。遅刻をしていけば「うちに来たくないから遅れてきたのかしら」と疑うかもしれません。言葉以外に、服装や態度などが見えないコミュニケーションを発信しあなたを印象付けているのかもしれないのです。
またご利用者に「どこか痛いのですか?」と尋ね「大丈夫です。」と答えても、顔をしかめお腹を押さえている場合があります。このように「言葉と裏腹」な、非言語コミュニケーションが本心をあらわしている事もあるのです。ご本人に嘘をつくつもりがなくても「心配をかけたくない」「迷惑になるから」と遠慮をされる方もいらっしゃいます。私たちは「どのように見られているのか」「本心はどうなのか」高齢者を前に常に推察する必要があるのです。
介護現場でコミュニケーション技法を学ぶ理由
介護現場でコミュニケーション技法を学ぶ理由の一つはご利用者との関係を良好にするためです。コミュニケーションを取ることでご利用者は安心感と共に心を開いてくださることが期待できます。施設での慣れない生活から来る不安も、優しい職員の声かけで軽減されることでしょう。
介護をするために時に相手の身体に触れ、ご利用者にとっては見せたくない部分を見られてしまうことも多い現場ですが、そんな時、ご利用者の羞恥心に配慮し適切な言葉かけをする必要があります。信頼関係が築けていない人に自分の身体を任せることを想像してみてください。多大な不安と緊張に襲われますよね。コミュニケーションを取ることでその不安と緊張が軽減しご利用者に安心していただくことが求められるのです。
二つ目は病気や異常を発見し、トラブルや不適切なケアを避けるためです。職員同士の情報共有も大事ですが、ご利用者とコミュニケーションを取ることで「いつもと様子が違うな」と気付くことが出来ます。また丁寧にご利用者の要望を聴く事により、トラブルや誤解による不適切なケアを避けることが出来ます。
三つ目はコミュニケーションを取りづらい人の真のニーズや目的を探ることです。
人は高齢になるにつれ、様々な機能が低下します。「耳が遠くなったり」「見えにくくなったり」「物覚えが悪くなったり」・・・そして、認知症になると外からの情報をうまく処理出来なくなります。
こんな経験ありませんか?
- 近眼なのに眼鏡を忘れた
- 真っ暗な部屋に足を踏み入れたが目の前の状況がわからない
- 昼寝して暗い部屋で目覚め、朝か夕方かわからない
- 高熱でうなされ自分がどこにいるのかわからない
認知症の人の気持ちが少しわかる気がしませんか?そうです。外からの情報が不足すると人は不安になるのです。
そう考えると「家に帰りたい」「誰か知っている人に会いたい」「出口はどこ?」と探したくなる気持ちもわかりますよね。優しく語り掛けてくれる人、こちらの言い分をきちんと聴いてくれる人を求めたくなりますよね。
認知症がなくても、コミュニケーションがとりづらくなった人たちを相手にする時には、不安を受け止め、相手の話を受容し共感する技術がないと、ご利用者は不安なまま長い時間を過ごすことになります。入所施設などの集団処遇であっても一人ひとりの違いを受け入れ個人として尊重し、ご利用者の声を聴き、非言語表現を察して、隠れた気持ちまで見抜く技術がないと、ご利用者の真のニーズや目的を探ることができないのです。
相手の話をよく聞くことで信頼関係を築き、トラブルを防ぎ、サービスの質を向上すること、そして一歩進んでご利用者の能力や自発性を引き出し自己実現を支援してくためにもコミュニケーション技法を学ぶことは不可欠だと言えます。
次回は介護現場でご利用者と良好な関係を築くための技法をご紹介します。
​尾渡 順子 氏
介護職として働く傍ら、レクや認知症、コミュニケーションに関する研修講師として全国を飛び回る。2014年、アメリカオレゴン州のポートランドコミュニティカレッジにてアクティビティディレクター資格取得。著作にはレクリエーションに関する書籍の他、「介護現場で使えるコミュニケーション便利帖」(翔泳社、2014)「介護で使える言葉がけシーン別実例250」(つちや書店、2017、監修)「認知症の人を元気にする言葉かけ 不安にさせる言葉かけ」(中央法規出版、2022)など多数。