第1回 精神障害とは

2025.03.26

はじめに

皆さんは、対応が困難な利用者(入居者)の方がおられると「あの人、『認知』よね~」「あの人、『精神』よね~」と口にしていませんか。そういうレッテルを貼って対象者を理解した気になっていませんか。皆さんが言う『認知』ってどういうことですか?『精神』ってどういう人のことを指していますか?いったい何を根拠にして、そう言っているのでしょうか。

本来、『認知』というのは、物事を正しく認め、弁別する力のことを言います。つまり、『わかる力(人が自分らしく日々を暮らしていくために欠かせない力)』のことを指します。ですから、『認知がある』という表現そのものは、『認知能力に問題がない』という意味になります。『あの人は、認知症だよね』と言う意味で使っているのであれば、正しくは『認知に障害がある』または『認知障害がある』ということになります。

ご存じのように『痴呆』という言葉は2004年に『認知症』という言葉に改称されました。これは、言葉がもたらす印象や偏見に対して考慮されたからです。それにもかかわらず、専門職である皆さんが『認知よね』と使われていたらどうでしょうか。どこか、侮辱的、否定的な言動や態度になってはいないでしょうか。

また、『精神よね』と言われている対象者は、「何を考えているか分からない」「突然怒りだす」「コミュニケーションがとり辛い」「幻聴や妄想などによる問題行動がある」といった方のことを指しているのでしょうか。『病気』と決めつける前に『いったい何があったのだろう』『何に困っているのだろう』という気持ちで対話をしていますか。どんな場面でどんな風に困っているのか。その困りごとは、いったい誰の困りごとなのかについてアセスメントしていますか。彼らは『困った人』ではなく、『困ったことがうまく伝えられなくて、困っている人』なのです。

精神保健福祉法における「精神障害」とは

心の病気は、特別な人がかかるものではなく、一生のうち誰もがかかる可能性のある病気です。例えば交通事故や脳血管障害などの病気によって、脳にダメージを受けることで認知や行動に生じる「高次脳機能障害」があります。また、さまざまなストレス、身近な人の死、仕事や人間関係で上手くいかないなどの要因によって心の働きがうまくいかずに「気分障害」になってしまう場合もあります。

認知症は、2025年471万6,000人、団塊のジュニア世代が65歳以上になる2040年には、584万2,000人に上ると推計されています。つまり、高齢者のおよそ15%、6.7人に1人が認知症と推計されます。

心の病を自動車に例えてみましょう

(1)脳器質性の疾患の一つのアルツハイマー病など脳そのものの障害では、車そのものが壊れていることになります。たとえばハンドルが壊れていてまっすぐ走らない車です。ドライバーが慌てて反対にハンドルを切ったりすると思わぬ方向に車が走り、道をはみ出してしまうのです。また道路の状況にもよります。つまり、車の壊れ具合(脳の障害)だけで車の挙動が決まるのではなく、道路の状況(環境ストレス)やドライバーの運転の仕方(元々の性格)によっても車の挙動(症状・行動)は変わってくるわけです。
(2)中毒性は、ガソリン非合法の添加物を入れて、パワーアップするようなものでしょう。添加物を入れると暴走できる(急性中毒)のですが、そのうち添加物を入れずには走れなくなり(依存)、最後にはエンジン自体を傷めてしまいます(慢性中毒)。
(3)心因反応は、車には問題なく、ドライバーにもそれ程問題は無いのですが、道路が壊れていたりしてまっすぐ走れないのです。
(4)統合失調症は、車が壊れているわけではないのですが、油圧系統の機能に問題(素因)があって、急ブレーキを踏むとブレーキオイルが壊れてしまうのです。オイルが少なくなるとブレーキが片側しか利かなくなるため、濡れた道で急ブレーキをかけたりするとスピンをしてしまいます(発症)。漏れそのものは直せない(ということにします)ので、定期的にオイルを補充すること(薬物療法)と、悪い道(ストレス)を避けることで、自己の再発予防が可能です。
(5)うつ病は、元来エンジンのパワーが小さい車(素因)で、普通に走っているうちは問題ないのですが、長い道が続く(環境ストレス)と、オーバーヒートして動けなくなるというものです。途中で休めば良いのですが、このドライバーは頑張り症(性格)で、休まないためにこうなってしまいがちです。
(6)症状性とは、車自体は壊れていなくても、冷却水がなくなってしまったようなもので、これではオーバーヒートして走れなくなります。水を補給する(体の病気が良くなる)ことで、回復しますが、無理して走ればエンジンを傷めてしまい、後遺症が残ります。
(7)神経症は、車には問題ないのですが、何かあれば急ブレーキをすぐ押す癖(生育環境)があるため、交通量の多い道や凍結した道では事故を起こしやすいのです。
(8)パーソナリティ障害は、車には問題なく、ドライバー自身の問題が大きすぎて、普通の道でもいろいろと問題が起こるというものです。

関与しながらの観察

心の病は目に見えないため、誤解や偏見を招くことが多いと言えます。それぞれの心の状態は、データや画像など客観的な根拠に基づく所見が少ないので判断がまちまちになります。利用者(患者)さんの「主観の世界」は本人の訴えや問いかけで「気分が憂鬱、イライラする、眠れない」などの悩みや「誰かに監視されている」「皆が悪口を言っている」などの妄想、「知らない人の声が聴こえる」「命令される」など幻聴を知るきっかけになります。また、私たちが注意深く、その声に耳を傾けなければ見えてこないのです。

関与観察とは、一方的な観察ではなく、関わりながら(利用者と行動を共にする)言動や表情、支援者自身の心の動きなど観察中に生じるすべての事象を観察の対象とします。例えば、レクチャーや農作業、リハビリテーション、一緒にお茶を飲みながら…etc、普段見ることができなかった穏やかな表情、意外な一面が見える、性格や特性・こだわりなどに気づけたりするかもしれません。精神障害者は、病気+障害(生きづらさ)を持ち合わせています。病気の症状だけに目を向けて「問題」を決めつけず、症状によって生活上、何に困っているのかといった視点で関わっていきましょう。

【参考文献】

  1. 「ケアマネ・福祉職のための精神疾患ガイド」、山根俊恵、中央法規、2016.
  2. 「チームで取り組むケアマネ・医療・福祉職のための精神疾患ガイド 押さえておきたいかかわりのポイント」、山根俊恵・田邉友也・森脇崇・矢田浩紀、中央法規、2020.

次回更新は4月16日(水)

 
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​山根 俊恵 氏

山口大学 名誉教授
NPO法人ふらっとコミュニティ🄬 理事長
(株)ふらっとCOMM. 代表取締役
精神障害者やひきこもり者が住み慣れた地域で自分らしく生活するための地域支援を展開している団体。

〈執筆書籍〉
「8050問題 本人・家族の心をひらく支援のポイント」 中央法規出版 2024年
「チームで取り組む ケアマネ・医療・福祉職のための精神疾患ガイド: 押さえておきたいかかわりのポイント」(担当:共編者) 中央法規出版 2020年
など多数