第1回 スタッフの“やる気”の仕組みを読み解く
はじめに
はじめまして。山口宰と申します。私は兵庫県神戸市で社会福祉法人を運営する傍ら、「福祉とマネジメント」をテーマに、大学や企業との共同研究や、全国の福祉事業所の運営改善・人材育成の支援に携わっています。
日々、多くの施設運営者や現場のリーダーの皆さんとお話しする中で、
「人材の確保や定着が年々難しくなっている」
「スタッフのモチベーションをどう高めればよいのか」
「次のリーダーの育て方がわからない」
という声を、以前にも増して耳にするようになりました。
多くの現場は、人手不足という構造的な課題を抱えつつも、日々のケアの質を維持し、職員の働きやすさを確保し、事業所としての経営を安定させなければなりません。そこに加えて、利用者ニーズは多様化し、家族の期待も高まる一方です。その中で「人」が最大の資源である福祉事業では、スタッフ一人ひとりが前向きに働ける環境づくりが、以前にも増して重要になっています。
そこで本連載では、「現場が変わる、人材育成メソッド」と題し、全12回にわたり、スタッフのモチベーションUPや次世代リーダー育成に役立つ“今日から使える具体的な方法論”をお届けします。
現場で起きている課題を「現象」として捉えるだけではなく、その背景にある「人の心理」や「組織の仕組み」を読み解きながら、実効性のある改善策を一緒に考えていきたいと思います。皆さまの職場で、より働きやすいチームづくりの一助となれば幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。
モチベーションは人を動かす「魔法」!?
人の力を引き出したり、逆に発揮しにくくしたりする「モチベーション」。
みなさんの現場でも、
「同じ環境なのに、意欲的に働ける人とそうでない人がいるのはなぜだろう?」
と感じる場面があるのではないでしょうか。
一見「魔法」のように見える“やる気”ですが、実ははっきりとしたメカニズムがあります。
近年の介護労働実態調査でも、働きがいや成長実感が低いほど離職意向が高まることが報告されており、仕事の意味づけや人間関係の質といった心理的要素が、定着率やケアの質に大きく影響することがわかっています。だからこそ、「スタッフのモチベーションをどう高めるか」は、介護現場のマネジメントにおける核心的テーマと言えるでしょう。
では、私たちが日常的に使っている「モチベーション」とは、具体的に何を意味しているのでしょうか。まずはその仕組みから確認していきましょう。
モチベーションの正体とは?
では、スタッフの「やる気」はどこから生まれ、何によって高まったり弱まったりするのでしょうか。実は、人が行動するときの理由=「動機」には、性質の異なる二つの種類があります。
給与や手当、評価、褒め言葉など、外部から与えられる報酬によって生まれる意欲です。短期的に効果が高く、わかりやすい刺激である一方、持続しにくい面があります。報酬が当たり前になると意欲が落ちたり、「やらされている感」が強まる場合があり、期待どおりに続かないことも少なくありません。
一方で、仕事の楽しさ、誰かの役に立てる喜び、成長している実感など、自分の内側から自然に湧いてくる意欲を指します。これは持続性が高く、困難な状況でも人を支える力を持っています。
背景には、
① 有能感(できている実感)
② 関係性(つながり・信頼)
③ 自律性(自分の判断で働けている感覚)
の三つが関わり、これらが満たされると、人は驚くほど前向きに働けるようになります。
このように、“外から与えられる動機”と“内側から湧き上がる動機”は性質がまったく異なります。短期的な成果を得るなら外発的動機づけが効果的ですが、現場で長く安定して力を発揮してもらうためには、内発的動機づけをいかに育てられるかが重要となります。
Deci(1971)の実験――外部報酬が「やる気」を下げる?
では、外発的動機づけと内発的動機づけの違いが、実際の「やる気」にどのような影響を与えるのでしょうか。そのことを象徴的に示した有名な研究があります。アメリカの心理学者エドワード・L・デシによる1971年の実験です。デシは「人はどんなときに意欲を失い、どんなときに意欲が高まるのか」という問いを研究し続けた、動機づけ研究の第一人者です。
デシは、大学生にソーマパズルという知的パズル(7つの立体パーツで立方体を組み立てるパズル)を解いてもらい、参加者を「外部報酬(お金)を与えるグループ」と「報酬なしのグループ」に分けました。そして、休憩中に“自主的にパズルに向かう時間”を観察し、外的報酬が内発的な意欲にどんな影響を与えるかを調べたのです。
結果は非常に明確でした。
報酬をもらったグループは、報酬がなくなるとパズルを続けようとする意欲が著しく低下したのです。報酬によって「やらされている」という感覚が強まり、本来の「自分からやりたい」という気持ちが弱まってしまったと解釈できます。
つまり、外発的な報酬は短期的には効果があるものの、条件によっては内発的な“やる気”を損なう可能性があるということを、この実験が示しています。
現場で高めるべきモチベーションとは?
ここまで見てきたように、外発的な報酬には短期的な効果がある一方、長期的な意欲につながるのは“内側から湧き上がる動機”であることがわかっています。だからこそ、介護現場でスタッフが長く前向きに働き続けられる環境をつくるためには、「内発的動機づけ」をいかに育てるかが非常に重要になります。
もちろん、処遇改善や働きやすさの整備は欠かせません。しかし、それだけでは「続けたい」「ここで働きたい」という本質的な意欲にはつながりにくいのです。
スタッフの内発的な“やる気”を支えるために大切なのは、
①自分の仕事が誰かの役に立っていると実感できること
②安心して相談し合える人間関係があること
③自分の判断や選択が尊重されていると感じられること。
この三つの土台が整ってこそ、人は困難な状況でも踏ん張り、成長し続けることができます。
次回は、この“内側のやる気”がどのように生まれ、どうすれば高められるのかを理解するうえで重要な手がかりとなる「ホーソン実験」を取り上げます。チームづくりにその知見をどう活かせるのか、一緒に考えていきましょう。
続きの第2回も同時公開中!
山口 宰 氏
社会福祉法人光朔会オリンピア 常務理事
1979年神戸市生まれ。大阪大学人間科学部卒業後、スウェーデンで高齢者・障害者福祉を学ぶ。大阪大学大学院博士後期課程修了、博士(人間科学)。24歳で全国的に前例のない高齢者総合福祉施設を開設し、常務理事として法人を年商19億円規模へ成長させる。神戸国際大学准教授、大阪大学大学院特任准教授を歴任。大学での教育・研究のほか、経営戦略や人材育成のコンサルティングに携わり、国内外での講演・研修は年間50回に及ぶ。